「シガーソケット」の”シガー”は、どこへ消えたのか

ドライブレコーダーの電源を取るとき、スマートフォンを充電するとき、私たちは何気なく「シガーソケット」という言葉を使っています。しかし、あの丸い穴で最後に葉巻やタバコに火をつけたのは、いつだったでしょうか。多くの新型車では、発熱体そのものがすでに付属していません。名前だけが残り、中身が入れ替わる。自動車の装備としては、かなり珍しい部類の出来事です。

シガーライターの発熱体(上)とソケット本体(下)。Photo: Tom Blaha / Wikimedia Commons, CC BY-SA 3.0

100年前、ダッシュボードに「火」を置くという発想

そもそも、なぜ車に火を起こす装置が必要だったのか。理由は単純で、走行中の車内でマッチを擦るのが危険だったからです。窓を開ければ風で消え、閉めれば煙が充満する。電気で熱を作って点火するという発想は、当時としては合理的な解決策でした。

記録に残る最初期のものは1921年、モリスに与えられた米国特許1,376,154号です。これは「ワイヤレス」、つまりコードのない方式で、発熱体を取り外せる構造になっていました。米国の一部の車種に標準的に載り始めるのは1925年から1926年にかけてのことです。

コードとリールの時代

1928年、コネチカット州ブリッジポートのConnecticut Automotive Specialty Company、通称Cascoが、自社方式の自動車用ライターを特許化します。こちらはコードとリールを使うものでした。

仕組みはこうです。点火ユニットがケーブルで電源につながっており、そのケーブルはスプリング式のドラムに巻かれている。使うときはユニットごと引き出して火をつけ、ソケットに戻すとケーブルが自動で巻き取られる。アイデアとしては巧妙ですが、配線が車内に伸びる構造には限界もありました。

1956年、「焼きすぎ問題」を解いたバイメタル

現在の車に付いているタイプが登場するのは1956年です。Cascoが開発した自動式のV字コイル型ライターで、米国特許2,959,664号として1960年に登録されました。

この機構の要点はバイメタル、つまり熱膨張率の異なる2枚の金属を貼り合わせた部品にあります。ノブを押し込むと、バイメタル片に取り付けられたクリップがスプリングの力に逆らってノブを保持します。発熱体は数秒でオレンジ色に達し、その熱でバイメタルが曲がる。曲がった瞬間に保持が外れ、ノブが飛び出す。

つまり、使う側が加熱時間を計る必要がなくなったわけです。電子制御もセンサーも使わず、金属の性質だけでタイマーを実装している。70年前の設計が今も部品として生き残っているのは、この割り切りの良さによるところが大きいでしょう。

現在、このソケットに挿さるものの大半は点火装置ではない。Photo: Nicolas Herrmann / Wikimedia Commons, CC BY-SA 4.0

規格だけが生き残った

ソケットとプラグの寸法はANSI/SAE J563という規格で定められています。12Vのライターおよびパワーアウトレットに関する要件を規定したもので、この規格があったからこそ、世界中のアクセサリーが同じ穴に挿さるようになりました。

電気的には、供給されるのはおよそ12V。エンジン稼働中は13.5Vから15V程度まで上がります。回路はヒューズで保護されており、その定格は10アンペアから20アンペアが一般的です。ワット数に直せば120Wから240W。車載機器を動かすには十分な容量でした。

この「便利すぎる電源」が、結果的に本来の用途を押し出します。ドライブレコーダー、ポータブル冷蔵庫、インバーター、充電器。穴の使い道が増えるほど、発熱体の居場所はなくなっていきました。近年の車両では、このアウトレット自体がUSB 2.0やUSB-Cポートに置き換えられている例も多く、ソケットは残っていても発熱体のない樹脂カバーが付いているだけ、というケースも珍しくありません。

言葉の向こう側に残ったもの

では、名前を貸した側はどうなったのでしょうか。

車にライターが付き始める半世紀ほど前、1870年代のハバナで、同名のスペイン人が自分の名を冠した葉巻ブランドを立ち上げています。Habanos S.A.は創設者について「同じ名を持つスペイン人」とだけ記しており、現在もブランドとして続いています。代表的なサイズであるセレクシオン No.2はロブスト型、長さ約124mm、リングゲージ50。ピナール・デル・リオ州ブエルタ・アバホ産の葉を使い、ミディアムからフルの味わいとされます。

興味深いのは製法です。自動車の装備が機械式から電子制御へ、さらにUSBへと三度も作り替えられた100年のあいだ、葉巻のほうはほぼ変わっていません。今もtotalmente a mano、すなわち完全な手巻きで、長い葉をそのまま使うtripa larga方式が維持されています。日本ではハバナの老舗ブランド、フアン・ロペスの葉巻も専門店を通じて入手できますが、箱の中身は19世紀と同じ作り方のままです。

20世紀初頭のハバナの葉巻工場。作業の形は現在もほとんど変わっていない。Photo: Wikimedia Commons, Public domain

名前は、使われ方より長く生きる

「シガーソケット」という呼称は、おそらくこれからも残ります。言葉は装備より保守的だからです。ガソリンを入れないEVに給油口はありませんが、私たちはそこを「充電ポート」と呼び分けている。一方で、もう誰も火をつけていない穴は、いまだにシガーと呼ばれ続けている。

この非対称は、用途が変わっても形が変わらなかったことの証拠でもあります。穴の直径も、電圧も、1950年代からほとんど動いていない。だからこそ名前も動かなかった。

次にそこへスマートフォンを挿すとき、その穴がもともと何のために開けられたのかを、少しだけ思い出してみてください。100年前の技術者たちは、走る車の中で葉巻に火をつけるという、ただそれだけのために金属の膨張率まで計算していたのです。

※喫煙は20歳になってから。運転中の喫煙は安全運転の妨げになります。

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